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過去から現代における喫煙と分煙の歴史

令和になり受動喫煙など、健康被害への対策がますます強化されています。

2020年4月1日に全面施行された改正健康増進法によって屋内施設が全面禁煙化となり、タバコを愛する喫煙者に大きな衝撃を与えたことは皆さんの記憶にも新しいことでしょう。

これによって喫煙ルールが大きく変わり、喫煙者の中には肩身の狭い思いをしている方もいるのではないでしょうか。

日本国内での喫煙の制限や受動喫煙等の対策はここ数年間で強化された印象を受けますが、こういった試みはかなり昔から始まっていたことをご存じでしょうか。

令和を生きる愛煙家への風当たりは強いですが、これまでの日本を支えてきた歴代の愛煙家達が経験してきた喫煙事情にスポットを当ててみました。

では過去における禁煙や分煙の歴史を振り返ってみましょう。

愛煙家の戦いは100年前の鉄道からすでに始まっていた

遡ること120数年あまり、1900年(明治33年)に鉄道省が定めた「鉄道営業法」によって鉄道での車内喫煙の罰則と喫煙禁止場所が設けられました。

鉄道省は昭和18年に運輸通信省と名前が変わり、すでにこの「鉄道営業法」も廃止されています。

鉄道車内での喫煙が罰則化されたことで備え付けられていた灰皿は役目を終えることになりましたが、時を経てコレクターの間では1,000円を超える値段で売買されています。

引用元:mercari

ちなみに「未成年者喫煙禁止法」が法律で定められ、未成年者が喫煙することを禁止されたのも1900年(明治33年)です。

120年以上も前の出来事ですが、この頃からすでに喫煙による健康被害が問題視されていたことがわかります。

この頃から時をかけて少しずつ喫煙者への締め付けが行われていきます。

  • 旅客船内での喫煙禁止場所の設置(1949年)
  • 事業用車両内での喫煙禁止や乗務員への喫煙制限(1956年)
  • 国鉄新幹線こだま号に禁煙車両が導入(1976年)
  • 国立病院や療養所での分煙対策や国内航空機内への禁煙席の設置(1978年)

このように、時代が進むにつれて着々と喫煙者包囲網が敷かれていることがわかります。

タバコの煙を吸わない権利を主張する日本初の訴訟が大きな転機となる

そして1980年には喫煙が原因で嫌煙権訴訟という民事訴訟が起こりました。

嫌煙権(けんえんけん)とは、「他人のタバコの煙を吸いたくない」ということで、つまりは「他人が発するタバコの煙を吸い込まない権利」のことです。

嫌煙権訴訟では12人の弁護団が、国・国鉄・日本専売公社(今の日本たばこ産業)を被告として、「受動喫煙の被害による損害賠償」と「国鉄車両の半分以上を禁煙化」することの2つを求めました。

訴訟を起こした動機は以下の通りです。

  1. 国に対しては、1970年代に突入してからはタバコの煙による人体への有害性が明らかになってきたにも関わらず、職場や公共施設への分煙化・禁煙化への処置を怠っていること。
  2. 日本専売公社に対しては、タバコの製造と販売によって人体への害を作り出しているにも関わらずタバコの有害性を公にしていないこと。
  3. 国鉄に対しては、国鉄車両に禁煙車がほぼ導入されておらず分煙化されていないのでタバコの煙による被害を防ぐことができないこと。

上記3つはタバコの煙を嫌う方からすると、どれも賛同を得やすい主張ではないでしょうか。

非喫煙者が受動喫煙を防ぐことを目的とした訴訟はこれが国内で初めてでした。

訴訟結果については原告側の請求が棄却されたわけですが、東京地方裁判所の判決は以下のとおりです。

  1. 移動手段は国鉄以外にも選択肢はあるのでタバコの煙害を避けるのは難しくない。
  2. 国鉄車内の受動喫煙は不快ではあるものの一時的なものなので我慢できる範疇である。
  3. 日本の社会が喫煙に寛容であることを考慮して判断すべきである。

引用元:近隣住宅間の受動喫煙問題と解決へ向けた政策提言
研究分担者 岡本 光樹 岡本総合法律事務所 弁護士 兼 東京都議会議員

 

判決の内容を簡単に要約すると以下のようになります。

「国鉄の車内にいる時くらいは我慢できない? そんなにタバコの煙が嫌なら国鉄使わなければいいし、日本でタバコを嫌っている人ってそんなにいないと思うんだけど」

ということでしょうか。

判決の内容を考えてみると、過去と現代では受動喫煙による健康被害への関心度にかなりの差があるように感じざるを得ません。

現代では法律の改正等によって受動喫煙から健康を守る流れが強化されているので、仮に現代において同じような訴えがあった場合は真逆の判決が出ていてもおかしくはないように思えます。

それくらい当時は非喫煙者の立場が弱かったということなのでしょうか。

判決を聞いた非喫煙者はみな同様に、「あぁ、非喫煙者が我慢するしかないのか……」と意気消沈している様子が目に浮かびます。

判決内容は喫煙者に味方したような形になりましたが、この判決を下した裁判長がタバコの受動喫煙で苦しんでいたならば判決内容は大きく変わっていたかもしれません。

1980年の頃の喫煙率は男性で76%、女性では15%です。特に男性は今よりも格段に高い数字になっています。(参考:成人喫煙率(JT全国喫煙者率調査

上記の判決に多くの喫煙者は安堵したと思いますが、この訴訟の後に国鉄車両に禁煙席や禁煙車が増加したことで子どもや非喫煙者が安心して国鉄を利用できるようになったわけです。

この訴訟自体は原告側の敗訴となりましたが、この出来事が後の日本での分煙化・禁煙化へ向けた動きを活発化させるきっかけとして重要なものとなりました。

この2年後には国鉄の特急列車の大部分に禁煙車両が導入されて分煙が可能となったことで、非喫煙者の長時間の移動も快適になったわけです。

その後は数年の間に福岡市や名古屋市のホーム・構内が禁煙化、JR山手線の2駅が終日にわたって禁煙になるなど、禁煙化の流れが勢いを増していきます。

1984年には大手百貨店の食堂に禁煙席が設置され、食事中の受動喫煙に対して対策が施されるようになりました。

この頃から非喫煙者が我慢する時代から、喫煙者が我慢する時代へ徐々にシフトしていきます。

受動喫煙から従業員と乗客を守るタクシーの禁煙化

1988年、一人のタクシードライバーの活動によって「禁煙タクシー」の認可を全国で初めて得ることが出来ました。

活動の目的は、ドライバーと乗客を受動喫煙から守るためです。

認可を得たことで、車両上部に「禁煙車」の表示を掲げた上で乗客によるタクシー車内での喫煙をドライバーが拒否できるようになりました。

当初、喫煙する乗客からは「何で禁煙なんだ、サービス業なのに」などの意見も出たようですが、多くの乗客からは「禁煙車ができてよかった」と前向きな意見が多かったという結果でした。

情報元:東京新聞

前述した通り、1970年代からの鉄道や公共施設での分煙・禁煙の流れがタクシーの禁煙化活動を後押ししたのではないでしょうか。

2020年4月に全面施行された改正健康増進法によって、今ではタクシーの車内での喫煙は禁止となっています。

従ってすべてのタクシーの車内が禁煙となり、喫煙が可能な車両と不可能な車両を区別する車両上部の「禁煙車」の表示は無くなりました。

駅構内、航空機内や庁舎、ビル内での禁煙・分煙と、タバコの規制強化

1990年代に突入するとさらに分煙や禁煙の対象が増えていきました。

日本航空では飛行時間が2時間以内の16路線が全席禁煙となり、一方で東京都の庁舎や福岡の高裁・地裁の庁舎で分煙化が進んだことで喫煙場所がかなり制限された印象を受けます。

1992年にはJR西日本の本社ビルの禁煙化やJR山手線駅で分煙化が開始され、翌1993年にはJR東日本が首都圏の全駅で分煙の措置を講じるようになったのです。

出勤や帰宅時に駅構内の好きな場所で自由に喫煙することが難しくなったので、喫煙者にとっては苦しい措置となりました。

今では駅構内が禁煙になっているのは当たり前の光景ですが、当時はまさに禁煙化や分煙化へのメスが入れられている真っ只中であったわけです。

構内で仕事に携わっている駅員への苦情や心無い言葉をかける喫煙者がいたであろうと想像されますが、現在の全国の駅構内が快適であるのは禁煙・分煙活動を行ってきた先人たちの努力があっての事なのですね。

非喫煙者の立場から考えると、その努力に敬意を払いたくなります。

ついに東京都内で路上での喫煙が制限される時代へ突入

2002年には東京都千代田区において路上喫煙防止条例が施行されたことで、路上で喫煙することが難しくなってきました。

「ついに外での喫煙も制限されるのか……」と多くの愛煙家たちがため息をついたことでしょう。

東京都内で区内全域を喫煙禁止に指定し、かつ違反した場合に過料を科すことを初めに定めたのは千代田区でした。

なぜ千代田区だったのか。

事の発端は地域住民の深刻な悩みが招いたものでした。

千代田区の2002年(平成14年)時点での人口は4万人くらいなのですが、日中は仕事関係のビジネスマンが集結することで日中の人口は85万人ほどに激増していたのです。

引用元:第二章・千代田区の概要

千代田区は昼と夜で人口の増減がとても大きいという特徴がありますが、それ故に深刻な問題が発生していました。

人が集まれば集まるほど、歩きタバコやタバコのポイ捨てが目立つようになってきたのです。

これが千代田区の住人の頭を悩ませていました。

しかし住民はただ静観しているはずもなく、区役所にはタバコのマナーに関する多くの苦情や改善を行うよう強い要望が寄せられることとなったのです。

千代田区では1999年(平成11年)の4月から「ポイ捨て禁止条例」なるものを発足し、タバコを含むゴミのポイ捨てを禁止してきました。

タバコのポイ捨てを防ぐ目的で街中に灰皿を設置し清掃活動に励むなど、街をきれいに保つことを目指しました。

しかし皮肉なことに、それらの活動が効果を生むことはほとんどありませんでした。

なぜなら、ポイ捨て禁止のルールは「あくまで努力義務」という位置付けで、違反しても罰則などは課せられない状態であったためです。

この結果を元に、次は罰則を設けることを念頭に所轄警察や東京検察庁と協議をし、地域団体等と意見交換などを行いました。

そしておよそ1年後に罰則付きの条例が可決、成立したのです。

条例では「路上禁煙地区」などで喫煙やポイ捨て(タバコ以外のゴミを含む)をした場合などは2万円以下(ほとんどは2,000円)の過料を科すことを罰則としました。

それに伴い、休日や夜間を含み毎日パトロールを行わなくてはいけなくなりました。

ルールを守らせる有効な手段が「罰則」しかない虚しさ

人が多く集まれば一定数の割合でマナーの悪い人は存在してしまいます。残念ながらそのような人がいることが

マナーを守ってもらうために「罰則」があり、「罰金は払いたくないからルールを守ろう」という思考が一定数いるために、そのような条例が生まれました。

とはいえ、「街を汚さないようにルールを守ろう」という前向きな気持ちではなくて、「罰金を払いたくないからルールを守る」というのは何とも寂しい気もしてしまいます。

罰則を設けた条例が有効に作用したようで、ポイ捨てによる火災が半減するといった効果があったようです。

過料による処分件数は増減を繰り返していますが、令和3年では2,730件と減少傾向にあります。

改正健康増進法によってオフィスや施設内も禁煙化される

2003年の健康増進法の施行によって、多くの人が利用する店舗や施設において受動喫煙対策が施されました。

しかしこれも「努力義務」であったために高い効果があったとは言い切れない状況が続き、2020年4月に改正した「改正健康増進法」の取り組みがスタートしました。

多くの施設で原則、屋内は禁煙となり、違反した場合は最大で30万円の罰金が科せられる罰則規定が設けられました。

対象の施設は病院・学校・行政機関・交通機関など不特定多数の人が利用する施設の多くであり、もはや指定された喫煙所以外では喫煙が不可能というような状態になっています。

喫煙者の中には新たな喫煙場所を探す者、諦めて禁煙にチャレンジしようとする者など、対応は人によって異なります。

そして、喫煙室の設置等の分煙対策、20歳未満の人への喫煙エリアへの立ち入り制限、従業員への受動喫煙防止対策など、施設を管理する者にも義務が課せられるようになりました。

もはや、過去に国鉄の車内で当たり前のように喫煙していた時代とは世界が変わっています。

ここまで喫煙者の立場が弱くなると予想していた人はいるでしょうか。

喫煙・禁煙・分煙の問題はこれからも続く

公共施設やオフィスでの禁煙・分煙化が進んだことで、非喫煙者にとってはとても生活しやすい世の中になったと感じるでしょう。

しかし一方で屋内に設置されていた喫煙ブースが撤去されたり屋外に設置されている喫煙所が少なかったり、喫煙者が不便な思いをしているという問題が出てきました。

喫煙場所が無いことで昼休みには路上喫煙するサラリーマンが多く集まっている光景も見られるようになり、タバコのポイ捨てなどにも適切な対処が求められます。

これまで過去から現在において振り返ってきましたが、問題提起と改善を繰り返していくことはこれからの未来においても必要な事と思います。

喫煙者と非喫煙者のどちらか一方が差別的な扱いを受けて被害を被ることがないように、お互いが気持ちよく過ごせるような未来を作り上げてほしいものです。