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煙草を愛した要人、偉人には誰がいる? 喫煙エピソードも紹介!

歴史上の要人や偉人には煙草を愛した人が多く、写真や肖像画にも喫煙を楽しむ姿が数多く残っています。人類は煙草と共に歩み、歴史が作られてきました。彼らがどのように喫煙を楽しんだのか、どんなエピソードがあったのか紹介します。

そもそも煙草はいつの時代から始まった習慣?

現在煙草は様々な品種が栽培されており、もともとは南米原産のナス科の植物です。栽培が始められたのは16世紀に入ってからですが、7世紀頃のメキシコはパレンケ遺跡のレリーフには、神が煙草のようなものをチューブから吸引している姿が描かれています。中南米エリアにおいて、世界に先駆けること1000年近く前から喫煙文化が存在したようです。

1492年、コロンブスがアメリカ大陸に到達し、最初に遭遇したのはサン・サルバドル島のアラクワ族。彼らは友好のしるしにコロンブス一向に贈り物を送りますが、その中に乾燥煙草の葉があったとされています。また、煙を吸ったり吐いたりする原住民の不思議な習慣をコロンブス等のスペイン人が目にしたことが、西洋人の喫煙文化との最初のコンタクトでした。

煙草がヨーロッパに伝来してから現在まで

コロンブス一行やその後に渡航した西洋人によって南米からヨーロッパに煙草が持ち帰られると、まずは宮廷から喫煙の習慣が流行しました。フランス宮廷ではルイ13世が「鼻から煙を出すのは下品だから禁止」とのおふれを出したことから、粉末を鼻から吸う「嗅ぎ煙草」が流行します。これはフランス革命終了まで貴族のアイデンティティになりますが、革命により王権が倒れたことで喫煙習慣も庶民のやり方であるパイプを使って煙を吸うものに戻りました。

その後、フランスはナポレオンが登場しヨーロッパを征服して行きますが、その過程でスペインで主流だった葉巻を持ち帰ります。葉巻はパイプに煙草の葉を詰めるよりも手軽だということで流行。さらに葉巻より安価で手軽な紙巻きたばこも登場し、20世紀中頃からは紙巻きたばこが主流となっています。

煙草はもともと医薬品だった?

ヨーロッパに煙草が伝わった最初は高級な医薬品として扱われていました。フランスのメディシス王妃は頭痛薬として用い、それをシェアしたことが宮廷に広がるきっかけとなったといいます。

また、ヨーロッパに伝来する前の中南米では、儀式や治療で煙草が使われており、煙草によって体内の悪い気を追い出すといった考え方がされていたようです。今ではすっかり悪者の煙草ですが、むしろその風潮は煙草全体の歴史の中では短いことがわかります。

煙草を愛した世界の要人

つい数十年前までは煙草を吸っているイメージは決して悪くなく、むしろ大人の嗜みとして普通のイメージだったため、歴史上の偉人や要人が喫煙をしている写真や絵はたくさん残っています。煙草を愛した世界の要人と煙草にまつわるエピソードをご紹介しましょう。

チャーチル(1874年11月30日〜1965年1月24日)

ウィンストン・チャーチルはイギリスの61代、63代首相を務めた政治家です。第一次世界大戦や第二次世界大戦時に大きな功績を残し、生涯を平民で通した庶民派として今でもイギリスで絶大な人気があります。

チャーチルが写っている写真には葉巻をくわえている写真が多く、愛煙家のシンボルとしてもよく語られます。演説や会談の際にも葉巻をくわえており、単に喫煙のためだけでなく考え事をしたり間を持たせたり威圧感を与えるための小道具としても使用したようです。現在では公衆の場所で葉巻を吸いながら対応する事は考えられませんが、チャーチルが活躍した当時は珍しいことではありませんでした。

チャーチルが本格的に葉巻にのめり込んだのはキューバの独立戦争の取材特派員としてキューバに訪れた時代がきっかけと言われています。キューバといえば言わずと知れた葉巻の本場。当時20歳くらいのチャーチルはそこから90歳で亡くなるまで70年程度、ヘビースモーカーとして葉巻を吸い続けることになります。

チャーチルが好んだのは太くて長い葉巻。1本吸うのに1時間程度かかるサイズです。これを一日中片時も離さず吸い続けました。

チャーチルと葉巻のエピソードは数多くありますが、最も有名なのは第二次世界大戦でドイツ軍の侵攻が失敗に終わった後、爆撃で破壊されたロンドンの市内を視察しながら天高くVサインを掲げた写真。この写真でもチャーチルは手に葉巻をつまんでいます。イギリス勝利のシンボル的な写真として報道に用いられました。

また、チャーチルは葉巻をふかしながら演説を行いましたが、演説中に葉巻の灰がこぼれたり葉巻が途中で折れたりすることがないように、葉巻に針金を入れていたそうです。小道具として使っていた葉巻が群衆の集中力を切らすことがないように、演出にも最新の注意を図っていたことがわかります。

マッカーサー(1880年1月26日〜1964年4月5日)

敗戦後の日本に連合軍最高司令官として赴任したダグラス・マッカーサー。現在でも最もよく目にする写真が航空機のタラップに立ちパイプをくわえているものです。この写真はカメラマンのもっと絵になる写真をというリクエストに答えて、マッカーサーがくわえて出てきたものが採用されたという裏話があります。

マッカーサーが好んでいたのはコーンパイプというとうもろこしの芯で作られたもので、若い頃からこの種類を愛用していたといいます。階級が上がるたびにボウルの高さを上げるという、彼自身を象徴するアイテムでした。

天皇制を継続するか判断するために昭和天皇と会談を行った際には、昭和天皇が煙草を好むことを調べ、手土産に持っていったと言います。歴史の重要な場面で、嗜好品である煙草が重要な役割を果たしたことがわかるエピソードです。

アインシュタイン(1879年3月14日〜1955年4月18日)

舌を出している写真が印象的な天才理論物理学者アルベルト・アインシュタイン。実は例の写真以外に撮影されている写真だとパイプをくわえている写真が多いことをご存知でしょうか。

かなりのヘビースモーカーだったらしく、吸い方はパイプの濃い煙を肺いっぱいに吸い込む肺喫煙。一般的にパイプや葉巻は口の中でふかす吸い方をする人が多く、肺喫煙はかなりの猛者であることを表しています。1922年から1年半程度をかけ日本を含めた世界歴訪の旅に出ますが、トランクいっぱいに喫煙具を詰め込んで出発したということです。

煙草が切れると我慢できないタチだったようで、

・自分の授業を受けている大学の学生から紙巻きたばこを譲ってもらい、それを分解して葉っぱをパイプに詰めて吸っていた。

・道に落ちている煙草の吸い殻を拾い集めて葉っぱをパイプに詰めていた。

・晩年医師から購入を禁止されていた煙草を友人の部屋から盗もうとしているのを見つかり、「煙草の購入は禁じられたが、盗むのは禁止されていない」と言い訳した。

など、なかなか下衆なエピソードがあります。

伊達政宗(1567年9月5日〜1636年6月27日)

日本に煙草が伝来したのはコロンブスの煙草との遭遇から約50年後の1543年といわれています。鉄砲と一緒に種子島に持ち込まれたのが始まりです。

すぐに日本に広まりましたが最初はまず時の支配者層である武将の嗜好品として流行しました。特にヘビースモーカーとして有名だったのが伊達政宗です。伊達政宗は日に4度決まった時間に喫煙をしたという記録が残っています。

当時実際に使用していたキセルが現存しており、全長68cmという今では考えられない大きいサイズでした。戦国時代から江戸時代にかけてキセルは工芸品としても珍重されており、当時の文化やデザインを今に伝える貴重な材料です。

平賀源内(1728年〜1780年1月24日)

天才科学者、発明家、コピーライター、作家、学者、医者など、広すぎる肩書きで天才として語られることが多い平賀源内。肖像画としてよく見かけるのがキセルを手に持ったものですが、実は世界で初めてライターを発明したことはあまり知られていません。

このライターは「刻みたばこ用点火器」と名付けられ、キセルに詰められた煙草の葉に火を付ける用途で発明されました。火打ち石と鉄をぶつけて生まれた火花をもぐさにつけることで発火するというもの。基本的な仕組みは今のライターとかなり近く、平賀源内が異彩だったことがわかります。

ちなみにライターが本格的に普及するのは紙巻きたばこが一般的になり始める1920年以降ですが、平賀源内が刻みたばこ用点火器を発明したのは1772年。江戸時代に紙巻き煙草があれば、平賀源内の発明はもっと普及していたかもしれません。

これからも喫煙文化を守りたい

歴史上有名な支配者や政治家、学者や文化人など、思索にふける職業の人に煙草の愛好家は数多いです。喫煙がリラックスや健康に良いとされてきた歴史は1500年以上に及び、喫煙者への風当たりが強くなったのはせいぜいここ30年程度に過ぎません。人間の欠かせないパートナーとして育ってきた喫煙文化をこれからも守っていきたいものです。